【脱原発】オーストリア – 原発ゼロへの歩み

脱原発を選んだオーストリアの「国民の意思」

 オーストリアには、現在稼働中の商業用原子力発電所は、一基もない。

 今後もおそらく、原子力発電の利用はないだろう。なぜならオーストリアは、憲法で原発の建設、および稼働を禁止しているからだ。憲法で「脱原発」を明記している国家なのだ。

 オーストリアは、天然のエネルギー資源には乏しい国だ。そのため、はじめから脱原発を志向していたわけではない。60年代には、政府は原発の建設、利用を進めようとしていた。

 1969年、当時の国民党政権が、チェコとの国境付近の町ニーダーエスターライヒ州ツヴェンテンドルフに原発建設を決定。72年には、建設が開始されたが、運用開始直前の77年、原発所在地が極めて地震によるリスクの高い地域であることが発覚。

 この発覚を機に、原発の運用の是非を巡って、国内で大きな論争が巻き起こった。ツヴェンテンドルフ原子力発電所は、既に完成しており、原発稼働は、すでにもう目前だった。

 その流れを変えたのは、「国民の意思」である。

 大きな転機となったのは、1978年11月に行われた原発の建設・稼働を問う国民投票だった。この投票の結果は、稼働反対50.47%、賛成49.5%という恐ろしいほどの僅差で、反対派が上回った。

 政府はこの結果を受けて、翌月、「オーストリアにおけるエネルギー供給のための核分裂の使用禁止」という法律を制定。電力供給のための一切の原発の建設・稼働を禁止した。
 国民投票で示された国民の意思を尊重し、迅速に法制定まで動いた政府の対応には、ただただ驚かされるばかりだ。こういう国家こそ、民主主義国家と呼ぶにふさわしいのだろう。

 この法律の制定によって、オーストリアの「脱原発」という国家方針が決まった。これで国民世論の流れが完全に変わり、国民と政府の間に「脱原発」という国家の方向性が出来上がった。もう、あとは怒涛の如く、国家規模で徹底した脱原発の歩みが進められていくことになる。

・補足
 ツヴェンテンドルフ原子力発電所は、完成したものの、結局一度も稼働することのないまま現在に至っている。現在では、自然エネルギー促進のための教育施設として利用されている。

「脱原発憲法」を持つオーストリア

 1986年、チェルノブイリ原発事故が発生。
 福島原発事故が起きるまでは、過去に類例を見ないほどの歴史的な大惨事となったこの事故の影響を受けて、オーストリアの脱原発志向はより強固なものになっていく。

 そして、ついに1999年には、先の法律「オーストリアにおけるエネルギー供給のための核分裂の使用禁止」を憲法と同等の効力を持つ「憲法律」に格上げし、「原子力から自由なオーストリア」を制定した。

 この新憲法律「原子力から自由なオーストリア」では、第一項で核兵器の製造、保有、移送、実験、使用を禁止。第二項で原発の稼働と新たな建設の禁止を定めている。

 原子力の軍事利用、平和利用の両方をこの憲法律で禁止しているのだ。これにより、世界的にも珍しい「脱原発」を憲法で明記した国家、オーストリアが誕生したのだ。

・補足
 この憲法律では、科学研究用の原子炉までは禁止していない。現在、量子論は物理学の最先端分野である。研究用としての小規模の原子炉はオーストリアでも稼働している。つまり、オーストリアが進めているのは「脱原発」であって、決して「反原発」というわけではない。

脱原発の歩み

 そして、2011年3月、福島原発事故が発生。

 脱原発以降、オーストリアは、電力供給をおおよそ水力60%、火力30%、自然エネルギー3%、その他を輸入電力で賄ってきた。しかし、他国から輸入している電力のおよそ6%は、原子力発電によるものだった。
 福島の原発事故を受けて、オーストリア政府は、この輸入電力にも見直しを進めることになった。

 2011年7月、「エコ電力法」を改正。
 この法改正によって、販売電力に対して、何によって発電されたのかを明確化するために「電源証明書」の発行が義務付けられた。
 また自然エネルギーの利用開発のための助成金を年間5000万ユーロに増額(助成金は4000万ユーロを下限に毎年100万ユーロ減額される)。
 将来的には、完全な脱原発を目指すとしている。

 この法改正は、福島原発事故が起きてからたった4ヶ月のうちに行われている。オーストリア政府の意思決定と法改正の迅速さは、驚異的だ。

 現在、福島原発事故が起きてから7年以上が経過している。当の日本では十年一日で、何ら変化していない。むしろ国民の関心が風化し、薄れていくにつれて、原発再稼働をより一層進めている。
 この彼我の差は一体何なんだろう。
 この国民は、南海トラフ地震が起きるまで、目が覚めないのだろうか。あるいは、第二、第三の原発事故を起こしても、なお原発利権にしがみついたままなのかもしれない。